た。……そこで家主が状屋へ行こうとその封書を手に持って露路を出かかると、いきなり右左から同時に二人の曲者が飛びだして封書に手をかけるから、なにをするといって振りはらうはずみに封書は三つに千切れ、二つは曲者に奪われ、ようやくこれだけじぶんの手に残った……」
「いや、それは困った」
「せっかく臨終の頼みもこんな始末になって、なんとも面目ないが、暗闇の出逢いで曲者どもの顔もよく見えず、取返すあてもないのだから、せめてなにかの足しに自分の手に残ったぶんだけを送るという文意……」
「なんとありました」
「……開いて見ると、短冊形の紙の後が切れ、『五』という一字だけが残っている。……お沢がわしに書き越すからは、言うまでもなく捨蔵さまのいられる所の名にちがいない。……漢字で三字ということだから、滋賀の五箇庄は言うまでもなく、五峰山から五郎潟、武蔵の五日市といたるところを訊ねて廻ったすえ、この下総《しもおさ》の真間の奥に、五十槻《いそつき》という小さな村があるということを聞いたので、先の月の十五日にそこへ出かけて行って見たが、やはりそこにもおられない」
「ふむ、ふむ」
「わしの寿命は、この十月の戌の日
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