の戌の刻につきることがわかっておるのじゃから、わしの力としては、もはや如何《いかん》とも成しがたい。……幸いわしの命はまだ二十一日だけ残っているから、街道のほとりに坐って通りがかりの旅人の相貌を眺め、これと思う人間に後事を托そうと、それで、ここで断食をしていたというわけじゃ」
「うむ……それにしても、そのような曲者がお沢を襲うようでは、何者かがその双生児の秘事を洩れ知り、捨蔵さまとやらを訊ね出して、何事か企てようとしているのにちがいありませんな」
祐堂和尚は、うなずいて、
「訝《いぶか》しいのは、前の大老水野越前、あれほどの失政をしてお役御免になったにかかわらず、十カ月と経たぬそのうちに、将軍家じきじきのお声がかりで、またその職に復したという事実。その理由は家慶さまのほか誰一人知らぬ。まことに以て訝しい次第。……この見当はあたらぬかも知れぬが、ひょっとすると、あの佞奸《ねいかん》の水野が、最近に至って双生児の秘事を聞き知り、それを種に、上様に復職を強請したというようなことだったのではあるまいか。……果してわしがかんがえるようなことであって、捨蔵さまを水野に捜し出され、その腕の中に抱え
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