こまれるようなことになったら、水野はどのような思い切ったことをやり出そうも測られぬ。……頼みとはこのことじゃが、どうか水野より先に捨蔵さまの居所を捜し出して、この書状をお渡しくだされ。……この書状には、そなわらぬ大望《たいもう》にこころを焦すはしょせん身の仇。浮雲の塵欲に惑わされず、一日も早く仏門に入って悠々と天寿を完《まっと》うなされと書いてある。……ここに捨蔵さまの絵姿もあるから、なにとぞ、よろしくおたのみもうす」
「よくわかりました。……つまり、捨蔵さまの居所を捜しだしてこの手紙を渡し、早く坊主になれと言やいいんですね、たしかに承知しました。……それであなたはこれからどうなさる」
「わしは間もなくここで死ぬ。……わしのことにはおかまいなく」
「そうですか、せめて眼をおつぶりになるまでここにいて念仏のひとつも唱えてあげたいというところでしょうが、お覚悟のあるあなたのような方に向ってそんなことを言うのさえ余計。……では、和尚さん、どうぞ大往生なすってください」
「ご縁があったら、またあの世で……」
「冗談おっしゃっちゃいけない……。あなたは否でも応でも極楽へ行く方。手前のほうはてんで
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