が、それから四半刻ばかりおいて、また一人生れた。……つまり双生児《ふたご》」
「えッ」
「驚かれるのも無理はない、いまの公方に双生児の兄弟があることを知っているのは、本寿院さまと家慶公と取りあげ婆のお沢、それにこのわしの四人。……もっとも、産室には三人の召使いがおったが、この秘事を伏せるため、気の毒ながら病死の体になってしまった」
「それで、あとのほうの公方さまはどうなりました」
「その話はこれから。……国の世子《よつぎ》に双生児は乱の基。……なぜと言えば、いずれを兄にし、いずれを弟にと定めにくいのじゃから、成長した暁、一人を世子と定めれば、他の方はかならず不平不満を抱く。……自分こそ嫡男であると言いたて、追々に味方をつくり、大藩に倚《よ》って謀叛でも企てるようなことになれば、それこそ国の大事、乱の基。……前例のないことではないのだから、根を絶つならば、今のうち。……家慶公はひと思いに斬ってしまおうとなさったが、本寿院さまの愁訴にさえぎられて殺すことだけは思いとまられ、十歳になったら僧にして、草深い山里の破寺《やれでら》でなにも知らさずに朽ちさせてしまうという約束で、その子をお沢に賜《
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