「これは、だいぶ大きな話ですな。……手前が国の乱れを?……へ、へ、へ、こいつァいいや。よござんす、たしかにお引きうけしました。……では、早速ですが、ひとつその筋道を承わりましょうか」
「早速のご承知でかたじけない。これで、わしも安心して眼をつぶることが出来ますのじゃ」
「お礼にゃ及びません。……出家を救うは凡夫の役、これも仏縁でしょうからな」
「は、は、は、面白いことを言われる。……では、お話し申すことにいたす。……しかし、これは斉《ゆ》々しい国の秘事でござるによって、人に聞かれてはならぬ。近くに人がおらぬか、ちょっと見て下され」
「おやすいご用」
顎十郎は、森を出て街道をずっと見渡したが、薄い夕靄がおりているばかり、上にも下にも人の影はない。念のために森の中も充分すかしてから戻ってきて、
「誰もおりません」
「では、どうかもうすこしそばへ……この世で四人しか知らぬ国の秘事を解きあかし申す」
「はあ、はあ」
「……十二代将軍|家慶《いえよし》公の御|世子《よつぎ》、幼名《ようみょう》政之助さま……いまの右大将家定公は、本寿院さまのお腹で文政七年四月十四日に江戸城本丸にお生れになった
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