して待ちおった甲斐があったというものじゃ」
顎十郎は、すっかり照れて、首筋を撫でながら、
「こりゃどうも……。せっかくのお褒めですが、それほどのことはない。……生れつき、ぽんつくでしてね、いつも失敗ばかりやりおります。……今度もね、甲府金を宰領して江戸へ送るとちゅう、何だか急に嫌気がさし、笹子峠へ金をつけた馬を放りだしたまま、上総まで遊びに行って来たという次第。……とても、賢達の理才のというだんじゃありません」
のっそりと跼《かが》んで、
「まあ、しかし、褒められて腹の立つやつはない。おだてられるのを承知で乗りだすわけですが、二十一日も飲まず喰わずで手前を待っていたとおっしゃるのは、いったいどういう次第によることなんで」
「じつは、少々、難儀なことをお願いしたいのじゃ」
「いいですとも。……金はないが、これでも暇はありあまる男。……せいぜい褒めてくだすったお礼に、手前の力に及ぶことなら、どんなことでもお引きうけしましょう。これで、いくらか酔興なところもあるのです。……それで、手前に頼みとおっしゃるのは?」
「あなたがこの仕事をやりおうせて下されば、国の乱れを未然に救うことが出来る」
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