の中に入れ、楓の木の間づたいにブラブラと築山のほうへ歩きだす。
 築山の裾の林をぬけると、広々とした芝生になり、その向うは水田で、水田の北と南に小さな小山が向きあっている。
「なるほど、あれが音に聞く木賊《とくさ》山と地主山か。……このようすを見ると、まるで山村。……お廓《わこい》うちにこんなところがあるとは思われない、いや、大したもんだ」
 広芝の縁をまわって木賊山の裾のほうへ入って行くと、そこには見上げるような奇巌怪壁が聳えたって二丈あまりの滝が岩にかかり、流れは林や竹藪の間をゆるゆるとうねりうねって、末は広々とした沼に注ぎこんでいる。
 沼をかこむ丘の斜面のところどころに四阿《あずまや》や茶室が樹々のあいだに見え隠れし、沼の西側は広々としたお花畑で、色とりどりの秋草が目もあやに咲き乱れている。
 顎十郎は、呆気に取られて眺めていると、花畑と反対の並木路のほうに人の跫《あし》音がする。
「おッ、こいつあいけない。こんなところで捕ったら、首がいくつあったって足りはしない、どこか身を隠すところがないかしら」
 どこもここも見透しで、これぞといって身を隠す場所がない。そのうちに、すぐそば
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