する。
寄合場大玄関の左の潜り門のそばに門番が三人立っている。ジロリと顎十郎の服装を見て、
「遠国公事だな」
「へえ、さようでございます」
「公事書はあがっているか」
「へえ、さようでございます」
「寄合公事か金公事か」
「寄合公事でございます」
「そんならば西の腰掛へ行け」
「ありがとうございます」
玉砂利を敷いた道をしばらく行くと、腰掛場があって床几に大勢の公事師が呼出しを待っている。突当りが公事場へ行く入口で、式台の隅のほうに、壁に寄せて目安箱がおいてある。
黒鉄《くろがね》の金物を打ちかけた檜の頑丈な箱で、ちょうど五重の重箱ほどの大きさがある。
顎十郎は床几にいる人たちに丁寧に挨拶しながら式台のほうへ歩いて行くと、式台へ継ぎはぎだらけの木綿の風呂敷を敷いて、悠々と目安箱を包みはじめた。
まさか天下の目安箱を持ってゆく馬鹿もない。なにをするのだろうと四五人の公事師がぼんやり眺めているうちに、顎十郎は目安箱を包むとそれを右手にさげ、はい、ごめんくらっせえ、と挨拶をして腰掛場を出てゆく。
よっぽど行ってから、ようやく気がつき、二三人、床几から飛びあがって、
「やッ、泥棒!
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