いるのを、手前がやっとの思いで助けてあげたんで」
女は、あら、と眼を見張って、
「あなたが、あたしをお助けくださいましたの」
「どうも話がくどくていけねえ。助けたらこそ、こうしているんです。さもなけりゃあ、今ごろは行徳の沖あたりまでつん流れて行って、鰯にお尻を突つかれているころだ」
「まあ、面白い方。……普通なら、ひとを助けておいて、なかなかそんな冗談はいえないものですわ。そんなところに突っ立っていないで、まあ、焚火にでもおあたりなさいませ」
顎十郎は、毒気をぬかれて、うすぼんやりと焚火のそばへ跼みこむと、女は裾を直し、改めて艶《なま》めかしく横坐りして焚火に手を翳しながら、
「ほんとうのことを言いましょうか。……じつはね、あたし、もうすこし先から気がついていたんですけれど、あなたがどんなことをするのかと思って、ようすを窺っていましたの」
「じゃ、あんたは、手前があんたの足や胸を温めてやったのを知っていたんで」
「ええ、知っていましたわ。どうもご親切さま」
「こいつは驚いた。……江戸の人はひとが悪いというが、へえ、ほんとうだね」
「でも、こんな磧に男一人女一人。……なにをされるかわ
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