だ、これだから女はおっかねえ。……しかし、いつまでもこうしておくわけにはゆくまい、どれ、水を吐かせてやるか」
吸殻を叩いて煙草入れを袂へ落すと、やっこらさと起ちあがり、まるでごんどう鯨でも扱うように襟を掴んでズルズルと磧《かわら》へ引きあげる。衿をおしあけて胸のほうへ手を差し入れ、
「おう、まだ温《ぬく》みがある。このぶんなら大丈夫。……落ちる途中で気を失ったとみえて、いいあんばいにあまり水も飲んでいない」
がんじがらめになっている繩を手早く解いて俯向けにして水を吐かせ、磧の枯枝や葭《よし》を集めて焚火を焚き、いろいろやっているうちに、どうやら気がついたらしく微かに手足を動かし始めた。
「へえ、お生き返りあそばしたか」
女の肩に手をかけて、手荒く揺すぶりながら、
「姐さん姐さん、気がつきなすったか」
女は、長い溜息をひとつ吐くと、ぼんやりと眼をあいて怪訝《けげん》そうにあたりを見まわし、
「……いま、なにか仰有《おっしゃ》ったのはあなたでしたか。……あたしはいったい、どうしたのでしょう」
「どうしたもこうしたも、ありゃしない、お前さんが鐘ガ淵へ落しこまれて土左衛門になりかかって
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