睨んでいると、先程の女がはげしい川波に揉まれながら、浮きつ沈みつ流れてくる。
女の頼み
水際に倒れていたひと抱えほどある欅の朽木を流れの中へ押し落すと、身軽にヒョイとその上に飛び乗り、押し流されてくる女の襟くびを掴んで川岸へ引きよせる。波よけの杭に凭《もた》せておき、石子詰《いしこづめ》の蛇籠《じゃかご》に腰をかけてゆっくりと一服やり、
「これで一段落。……あとは水を吐かせるだけ」
暢気なことを言いながら、薄月に顔むけて眼を閉じている女の顔をつくづくと眺める。
二十歳といっても、まだ二十一にはならない。目鼻立ちのきっぱりした瓜実顔。縮緬の着物に紫繻子の帯を立矢の字に締め、島田に白い丈長《たけなが》をかけ、裾をきりりと短く端折って白の脚絆に草鞋を穿いている。
「これは大したもんだ。甲府じゃこんな鼻筋の通った女に、お目にかかったことがなかった。……齢はまだ二十歳になったぐらいのところだが、崖に吊りさげられながらあんな悪態をつくなんてえのは、この齢の小娘にはちょっと出来ない芸当だ。……波切りの観音さまのようなおっとりした顔をしているくせに、よくまあ、あんな憎まれ口がきけたもの
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