きになる。……目安箱《めやすばこ》の密訴状の実否やら遠国の外様《とざま》大名の政治の模様。……そうかと思うとお家騒動の報告もあります。天下の動静はお庭番の働きひとつで、どんな細かいことでも手にとるようにわかるというわけ。……ねえ、そうでしょう? ちょっと土佐を調べてこいと言われると、家へも寄らずにその場からすぐ土佐へ乗りこんで行く。……あなたの父上の村垣淡路守が薩摩を調べにいらしたときは、お庭先から出かけて行って二十五年目にやっと帰って来た。……御用のため、秘密を守るためなら、親兄弟じぶんの子供でも殺す。都合によってはじぶんでじぶんの片手片脚を斬り捨て、てんぼうに化けたり、いざりに化けたりするようなことさえするんです。そういう怖い人が、そうやって崖の上に六人も腕組みをして突っ立っている。……たとえ、あたしがほんとうのことを言ったって、これほどの大事を知っているこのあたしを、生かしておこう道理はない。……ねえ、村垣さん、そう言ったようなもんでしょう?……言っても殺される、言わなくても殺されるじゃ、あたしは言わない。この秘密はこのままわたしの胸に抱いて、死んでゆきます。……どのみち殺すつも
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