りなのなら、早く綱をお切りなさいな。こんなところで宙ぶらりんになっているのはかったるくてしょうがないから。……ねえ、村垣さんてば……」
上のほうでは、六人が崖っぷちに跼みこんで、なにか相談をしあっているふうだったが、間もなく一人だけが立上ると、ズイと崖のギリギリのところまで進み出て、
「おい、お八重、お前、どうでも死にたいか」
崖の下では、また、ほ、ほ、と笑って、
「ええ、死にたいのよ。……どうぞ、殺してちょうだい。……あなたたちだけが忠義|面《づら》をすることはない……そちらが、将軍さまなら、こちらは本性院《ほんじょういん》様よ。命を捨ててかかっている腰元が五十や百といるんです。……殺したかったら、お殺しなさい。……あたしが死ねば、すぐお後が引継ぐ。……それでいけなければ、またお代り。……いくらだっているんだから、いっそ、気の毒みたいなもんだわ」
「それだけ聞いておけば結構だ。……お前がこのへんをうろつくからは、これで、だいたい方角もついた。……では気の毒だが綱を切る」
「くどいわねえ。……方角がついたなんて偉そうなことを言うけど、あなた方にあの方のいどころなんかわかってたまるも
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