一味と申しますのは大老水野越前守、町奉行勘定奉行鳥居甲斐守、松平|美作守《みまさかのかみ》支配、天文方見習御書物奉行兼帯渋川六蔵、甲斐守家来本庄茂平次、金座お金|改《あらため》役後藤三右衛門、並びに中山法華経寺事件にて病死の体でお暇《いとま》を賜わった本性院伊佐野の局《つぼね》、御側役八重、それらの者で家定公御双生の御兄君捨蔵様の御居所を存じおる如くに見せかけ、それを以て水野は上様を圧しつけて復職を強請したわけですが、実のところそのようなことはなく、昨年九月、八重が神田紺屋町なるお沢と申す者を襲って奪った捨蔵様の御居所を示す『大』という一字を認《したた》めたものが、手にあるだけでございます。
現にお八重は昨日国府台のあたりへ所在を探索に行っているほどで、これを以っても彼等の一味は、まだ捨蔵様の居所を知っていないという証拠になるのでございます。鳥居甲斐守は組下の目明し下っ引を追いまわして昨年暮から密《ひそ》かに大探索を続けておりまするが、まだ確かな手掛りはない様子でございます。
実情はこの通りでございますが、なお洩れ聞くところでは水野の一派は捨蔵様の御居所を捜しだし、これを擁立して御分家を強請し、己等一味の勢力を扶殖し、同時に阿部伊勢守を打倒する具に使おうとする意志のよしでございます。以上
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将軍
「悧巧なようでもやっぱり女。……田舎ものだと、てんから嘗めてかかったのが向うのぬかり。袖にした情夫が、いずれそれくらいなことはするだろうと見こんで、女には寄りつけない評定所のことだから、風来坊のおれにこんな仕事をやらせたのだろうが、おれのほうとすれば、思いもかけないいい仕合せ。明日、湯島天神の境内であの女に逢ったら、よくお礼を言ってやる。……それはそうと、坊さんも祐堂和尚ほどになれば大したもんだ。今頃は不知森で大往生をしたのだろうが、いながらにしてちゃんと水野のことを見抜いていた。……これでおれの手に『五』と『大』の二字が手に入ったから、残るところは僅か一字。……いったい、どんなやつの手にあるのかしらん。しかし、あせってもしょうがねえ、そのうちにかならずあたりをつけて見せる。……こうして、下人が足を踏みこんだことがない吹上御殿へ飛びこんだのだから、どんなふうになっているものか、ついでのことに見物して行ってやろう」
五つの訴状を胴巻の中に入れ、楓の木の間づたいにブラブラと築山のほうへ歩きだす。
築山の裾の林をぬけると、広々とした芝生になり、その向うは水田で、水田の北と南に小さな小山が向きあっている。
「なるほど、あれが音に聞く木賊《とくさ》山と地主山か。……このようすを見ると、まるで山村。……お廓《わこい》うちにこんなところがあるとは思われない、いや、大したもんだ」
広芝の縁をまわって木賊山の裾のほうへ入って行くと、そこには見上げるような奇巌怪壁が聳えたって二丈あまりの滝が岩にかかり、流れは林や竹藪の間をゆるゆるとうねりうねって、末は広々とした沼に注ぎこんでいる。
沼をかこむ丘の斜面のところどころに四阿《あずまや》や茶室が樹々のあいだに見え隠れし、沼の西側は広々としたお花畑で、色とりどりの秋草が目もあやに咲き乱れている。
顎十郎は、呆気に取られて眺めていると、花畑と反対の並木路のほうに人の跫《あし》音がする。
「おッ、こいつあいけない。こんなところで捕ったら、首がいくつあったって足りはしない、どこか身を隠すところがないかしら」
どこもここも見透しで、これぞといって身を隠す場所がない。そのうちに、すぐそばの数寄屋の庭先に二抱えほどもある大きな古松が聳えているのに眼をつけ、
「こうなりゃあ、しょうがない、あの松の枝のあいだにでも隠れるほかはない」
走り寄って幹に手をかけ、スルスルとよじのぼり、中段ほどの葉茂みの中に身を隠してホッと息をついていると、枝折戸をあけて静かに入って来た、三十五六の、精悍な眼つきをした一人の男。
松坂木綿の着物を着流しにして茶無地木綿の羽織を着ている。身体つきは侍だが、服装は下町の小商人《こあきうど》。妙なやつがやってきたと思って眺めていると、その男は数寄屋の濡縁に近い庭先へ三つ指をつき、右手を口にあてて、えへん、えへんと二度ばかり軽く咳払いをした。
しばらくすると、数寄屋の障子がサラリとあいて、縁先へ出てきたのは五十一二の寛濶なようすをしたひと。
これも着流しで縁先まで出てくると、懐手をしたまま、
「おお、村垣か。……あれは、その後どうなっておる。……所在はわからぬか」
村垣と呼ばれた男は、ハッとうやうやしく頭をさげ、
「今しばらく、御容赦を願います。……じつは、いつぞやお話し申しあげました伊佐野の局の召使い八重と申す者を国府台で追いつめ、及ぶかぎり糺
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