曲芸師――予言者――生花の先生――釣魚家《ちょうぎょか》――コルネット吹き――映画の監督――発明家――陸軍砲兵少佐――油断のならぬ間諜……と、天《あめ》が下にありとある名流を一手に引き受け、キャンヌの社交界を向うに廻して、必死の格闘を続けることになったという次第。
 されば公園のベンチでは見も知らぬ夫人に「近ごろ、お作の方はいかがですか」とか、突堤の鼻では老紳士に「沼で姫鱒《ひめます》を釣りますには鋼鉄製の英国ふうの釣竿より、どうも日本《おくに》の胡麻竹の釣竿の方が……」とか思いもかけぬ訊問の奇襲にあうによって、コン吉の市中の散歩は、毎分毎秒、さながら薄氷を踏む思い。
 今日この茶会《ティ・パアティ》で「西洋蘆《キャンヌ》市|運動協会《スポオティングクラブ》」の会長を招待するというのは申すまでもなく、公爵が例の自在なる幻覚によって会長その人に、コン吉を紹介しようという計画に違いない。さてコン吉は、そもそも今日は水泳の選手になるのであろうか。飛行艇《アエロ・キャノオ》の技師になるのであろうかと、しくしく痛む腰を撫でながら、されば戦々恟々《せんせんきょうきょう》。
 六、カランカランと鳴る
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