ことに致しましょう」と威儀を正して披露《アノンセ》した。
 豊満な期待と共にセルヴェットを膝の上に拡げたコン吉が、白いセエヴル焼のスウプ容れの中をそっと覗いてみると、その中には、クレエムのかかった血のような赤い薔薇が三輪盛られてあった。
 というわけ。
 幻想的な方はまあまあそれでよろしいとして、さて、現実的な方は実に手のつけられないほどの被害があった、というのは、モンド大公は二人をば、日がな毎日、キャンヌの町中を引き廻し社交界に紹介するという名目のもとに、文学趣味の夫人に対しては(日本の最も著名なる小説家である)と紹介し、運動趣味の紳士には(これは日本から派遣されたゴルフの代表選手です、どうぞよろしくお引き廻しのほどを)と推薦し、有名なるキャンヌの賭博場《キャジノ》の経営者《プロプリオ》、アンドレエ氏に対しては(この夫妻はバカラの名人ですよ、手を焼かないように用心なさい。なにしろ、東洋の魔法を心得ていられるのだからね)と人によりその日の気分によって、自由自在な紹介をするところから、コン吉は、いまやキャンヌにおいては、前述のもののほか、有名な天文学者であり、世界一流の馬術の名人であり、
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