たたいてから、何物かを期待するように腕組みした。しかし、門内はいぜんとしてひそまり返り、いつまで経っても一向人の出て来る気配もない。
氷のように冷たいアルプス颪《おろし》に、腹の底まで冷えあがったタヌは、そろそろ肝の虫を起こしたとみえ、ばたばた足踏みをしながら、
「もっと、ジャンジャン鳴らしましょうか」というのに、コン吉もその尾鰭《おひれ》につき、
「誰れも出て来ませんが、鐘の音が聴えなかったのではないでしょうか」
「誰れにです」
「つまり、屋内《なか》にいる人に」
「屋内《なか》に人なんぞおりません」と、大公は自若。
四、天国に行きたければ小さな孔《あな》より入るべし。およそ二三十も鍵のついた大きな鍵束を渡されたコン吉が、一つずつ鍵を扉のところへ押し付けてゴトゴトやっていたが、どれも大き過ぎるか小さ過ぎて合わない――もっとも合わないはずだというのは扉には始めから鍵穴なんかなかったのである。
「どの鍵も駄目です、合いません」
「なるほど、そんな事もあるかもしれない。錠前にだって、その日その日の気分というものがあるでしょうからね、横から入りましょう。さ、こちらへ!」と、一声、絶叫した
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