ケた。
男は、ニヤニヤ笑ってコン吉を見ていたが、やがて |〔Quand nous e'tions deux〕《おまえとふたりでいたときにゃ》 という小唄を口笛で吹きながら、横の小道の方へ入って行ってしまった。
どこを、どう辿《たど》ったのかまるで夢中でサン・フロランタンの「|旅館・金の鶏《オテル・コックドル》」というのにころげこんだのは九時近く。二人は九死一生の思い。――食卓をへだてて顔を見合せながら、たがいの無事を祝っていると、さっきの男が鬱金《うこん》色の|前掛け《タブリエ》を胸から掛けて、スウプの鉢を持ち出して来た。コン吉は、
「や、また来た!」といって立ちあがろうとすると、男は卓《テーブル》の上へ鉢を置きながら、
「日本人《ジャポネ》ってのは野蛮で勇気がある、ってことを聴いていたが、あなたの臆病なのには驚いた。もっともあなたの様なひとばかしじゃないんでしょうが……」といって笑った。
一〇、失せ物は巽《たつみ》の方の栗《マロニエ》の根元を探すべし。デイジョンを過ぎ、ボウム駅の手前の、ニュイ・サン・ジャンという町へ着いたのはそれから三日の後《のち》のこと。するとその晩、この愛
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