チこ抜いて弟の頭《ボワアル》へ突っ通したんだ。弟は血だまりん中へ突っぷしてしまう、亭主《プロブリオ》が驚いて戸外《そと》へ飛び出して巡査《フリック》を呼んでる暇に、|その畜生《ゴンズ》が辻馬車《サバン》に乗ってどっかへ行ってしまったというんだ。……それっきりさ。どうにも仕様がありゃしない。……だから俺あ、一度|日本人《ジャポネ》にあってよくお礼をいいてえと思っていたのさ」といってから、いかにも満足でたまらない、といったふうに、ヒュウ! と短く鋭い口笛を吹いた。タヌは少し蒼い顔をしながら、
「そイで、君何をしようっていうの? 妙なことをすると喇叭《ホンク》を鳴らして人を呼んでよ」
 すると男は妙な苦笑をしながら、
「自動車の喇叭《ホンク》を聞いて飛び出して来るのは旅館《オテル》の召使《バレエ》だけさ」といっておいて、急にコン吉の方に向き直り、
「おい、若いの。先刻《さっき》からいやに黙ってるじゃねえか。……|乙に澄ますねえ《フェ・パ・マラン・トア》、やい!」と、いきなり扉《ドア》越しにコン吉の脇腹を小突《こづ》いた。コン吉は螽斯《ばった》のように飛びあがって、
「お助け下さい」と、手を合
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