ゥくまず逃げるに限ると、期せずして二人が手を取り合って、闇雲に駆け出そうとすると、土堤の右手の壕《ほり》のようなところから、鉄甲《てつかぶと》をかぶった水色羅紗の兵士が一人携帯電話機の受話器だけを持って跳《おど》り出し、大喝一声、
「|止れ《アレテ》!」と、縮みあがるような凄味《すごみ》のある声でどなりつけた。たちまちセエヴル焼の人形のようにこわばってしまった二人の前へ駆け寄って来た兵士、今度は何を立腹したのか、いきなり、
「馬鹿野郎《アンベシイル》!」と我鳴《がな》った。「|どこへ行くか《ウ・ヴ・ザレ》」
「あの、ニースまで行くんですけれど」
「|なぜこんな処を通行するか《プルコア・パッセ・ヴ・パル・ラ》」
「あら、いけないの」
そこで兵士は、迂散《うさん》くさそうにじろじろ見すえてから、
「|君達の国籍はどこか《ケル・ナシオナリテ》」
「大日本帝国」
「旅行券《ヴォ・パピエ》!」
コン吉が恐る恐る差し出した旅券の写真と二人の顔をまたじろじろ見くらべてから、
「|写真機を持ってるか《ヴ・ザヴェ・ド・コダック》」
「ええ、あってよ」と、タヌはそろそろ中腹な声を出し始める。
「|この
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