ノ、人里離れた乾沢地の低い築堤のそばまで来かかった。このあたりは一面の荒涼たる枯葦原。遠くには夕陽に燃えあがるペエ・ドオトの山の斜面、風に戦《おのの》くものは枯草と野薔薇の枝、鳴くものは嘴《くちばし》の赤い鴉《からす》ばかり。
 二人は大言壮語したものの、この冬枯れの夕景色を見ているうちに、行く末のことも思われて、なんとなく泣き出したいような心持。克明に前進を続ける気力も失《う》せて、その土堤《どて》のそばへ車を停め、言葉もなく枯草の上に足を投げ出した。
 コン吉がそこで、残り少なになった巻煙草入れから煙草を一本抜き出して、いま火を点《つ》けようとしたとたん、口笛のような鋭い弾道の音をひいて飛んで来た砲弾が、二人のつい鼻っさきの土堤の横っ腹で轟然《ごうぜん》と炸裂した。
「うわア!」と、仰天する暇もなく、続いて飛来した第二弾。車の後輪をかすめて、また土堤の側面で壮大な土煙《つちけむり》をあげる。
 驚破《すわ》、このへんでいよいよ仏独戦争が始まったのに違いない。地球の向う側から、はるばる欧羅巴《ヨーロッパ》くんだりまでやって来て、流れ弾《だま》に当って討ち死にするのはいかにも残念。とも
前へ 次へ
全32ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング