ネく、七八人の手で二人の自動車を、ぬかるみの細い田舎道へ、「一昨日《おととい》来い」とばかりに押し出した。タヌは烈火のごとく猛り立って、
「なんだイ、誰れがあんな気障《きざ》な道なんか通ってやるものか。ね、コン吉、ニースへ行く道は一本きりじゃないよ。あたしは、もうこの道をどこまでもまっすぐに行くことに決めた」と宣言した。コン吉も急に元気|凛々《りんりん》。
「よろしい。僕も賛成です。あんな道を通る必要はない。あれは俗人主義の道だからね。僕たちはこの平和な田舎道を通って、噴水に挨拶《あいさつ》したり、道端の小豚《コション》に戯《からか》ったりしながら、風雅な旅を続けることにしよう」
 こうなっては、来年の夏までかかろうが、冬までかかろうが、かまうことではない。山も谷も恐るるところに非《あら》ず、どこまでもこの道を辿《たど》ってニースまで行き着こう、と、二人で固く誓いを立て、また蹌踉《そうろう》たる前進を続けるのであった。
 八、月に村雲花に風、犬も歩けば弾丸《たま》に当る。さて、ヴァンヌの川を横に突っ切り、ヴィルヌウヴ・S・Yの二等|堡塁《ほるい》を右に見て、道なき道を求めながら行くうち
前へ 次へ
全32ページ中21ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング