モで撮影したか《ヴ・ザヴェ・チレ・パ・ラ・アロウ》?」
「そんな暇なかったよ」
タヌのこういう語調は、コン吉には心配でたまらない。もし、この兵士を怒らせたら、――元来兵隊さんは恐いものにきまってる。おずおずとそばから割り込んで、ゆがんだような愛想笑いをしながら、
「兵士君、とんでもない話ですよ。われわれは、写真などはまるっきり……」
「|一緒に要塞司令部まで来たまえ《ヌ・ザロン・ザンサンブル・オウ・マジョオル》!」
「でも……」
「|ま、いいから来たまえ《エ・ビヤン・アレ》!」
二人の自動車はまた枯野原を通って引き返し、やがて見あげるように高い突角堡《ルダン》の正面に行き着いた。二人は自動車から引きおろされ、アーチ形の暗い坑道を通り、細長い側防兵舎《キャボンニェール》の中に連れ込まれそこで写真機を取りあげられて、固い木の床几《バンコ》のうえで一時間近くも待たされたうえ一段と奥まった部屋へ導かれた。正面の大きな机の向うに、いろいろな平面図や断面図を背にしてすわっているのは、伍長でもあろうか大将でもあろうか、赭顔《しゃがん》白髪の堂々たる風貌の軍人。
ああこれは大変なことになった。
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