nし過ぎたる橙《だいだい》のごとき頬の色をしているのは、室内の温気《うんき》に上気したためであろうと見受けられた。
「あと何秒ですか?」
「あとまだ二十分よ! 男のくせにそんなみっともない声を出すのはよしたまえ。ほら、君の鼻の頭なんか、さっきよりずっと血色がよくなったよ」
「もう太陽が沈みました。それに雪が降って来ました」
「雪がなんですか! あの元気な雀にすこし見習いたまえ」
「すみませんでした。でもネ、雀はあんな毛布《けっと》を着ているが、僕はこの通り半裸体なもんですから……」
「じゃ、毛布をあげますから、もう十五分|辛棒《しんぼう》していたまえ、いいわね」と、いい捨てたまま、扉《ドア》は閉ざされて、如原《もとのごとし》。
二、花鉢とおでこの喰合せは一命に関わる。さて、「美しき島」事件で身心耗弱したコン吉が、懐かしい巴里の古巣に帰り着いたのちも、相も変らず、食糧の買い出しから風呂場の修繕、衣裳の塵払い、合唱のお相伴、玄関番《コンシェルジュ》との口論の調停、物もらいとの応待、蓄音器のゼンマイ巻き、小鳥に対する餌《え》の配給、通信事務の遂行、と、丁稚《でっち》輩下のごとく追い使われ、
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