をつかみ出して、恋の辻占《つじうら》が刷ってある、あの名代の包紙のまま、一息に嚥《の》み込んでしまったんでございまス。さあ、お邸《やしき》へ飛んで帰って、それから医者を呼ぶやら、灌腸《かんちょう》をするやら、大騒ぎになりましたが、本当に神様も無慈悲な方でございまス。肝心の飴《あめ》の方は出て来ずに、出なくてもいい恋の辻占が、まるで街角の郵便函へ入れた手紙のように、生々《なまなま》と新しいままで下の口から出てまいったんですが、それがまた生憎《あいにく》と、一字ずつはっきりと手に取るように読めるんでございます。今でも覚えておりますが、その恋の辻占の文句は「旦那の接吻は兎の早駆《はやが》け」と申すんでございました。そばにいらした旦那さまは、急に髪の毛の中まで真赤になっておしまいになるし、わたくしとても、このうえどうしてのめのめと、お優しい夫人《おく》さまに毎日顔を合せることができましょう。それから流れ流れて、この島で八人の子供を産むまでの難儀の数々、筆にも紙にも尽せるものではございません。その連れ合いというのも、去年の春の日暮がた、鰯をとるといって沖へ出たまま、乗って行ったボートだけを帰して
前へ
次へ
全29ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング