散、いたずらに悠長な、このような絶海の一孤島へ到着したかといえば、これまた、端倪《たんげい》すべからざるタヌの主張によったもので、その主張の根源は、ある一日、たまたまセエヌの河岸《かし》の古絵葉書屋で、この島の風景を発見したというのに他ならないこと。
 追い追いはげしくなる陽射《ひざ》しのしたで、コン吉は、セント・エレーヌに流されたナポレオンの心情もかくやとばかり、悲憤の涙にくれるのであった。
 三、災難は猪《しし》打ち銃《づつ》の二つ玉。と申しますが、全くのことでございます。いまも申しました通り、そのジュヌヴィヴ伯爵の夫人《おく》さまは、まことにお優しい方で、編物針をくださるときには毛糸を一束くださるとか、粉石鹸をくださるときには下着を一枚そえてくださるとか、財布をくだすったときには、五|法《フラン》の銀貨までそえてくだすったような方でございました。災難の起るときというものは仕様のないもので、その日もいつものように、お坊ちゃまを乳母車に乗せて、ビュット・モンマルトルのミミの菓子店へ出かけたのですが、わたくしがちょっとミミと話し込んでいる隙に、お坊ちゃまが、箱の中にあったミミのボンボン
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