における印象は、どうも飛《と》んでもないところへ漂着したものだというところに落着したのであった。
 タヌとはタヌキの略語であって、一|口《くち》にいえば、その外観がなんとなく狸に似ているという、はなはだ平凡な連想から来ているのだが、この人物は、お天気で、喧嘩早くて、調子を外《はず》した歌を真面目な顔をして唄ったり、成年期に達している淑女の分際《ぶんざい》をも顧みず、寝ているコン吉の顔の上を跨《また》いで通ったり、本業とする天地活写の勉強においても、とかく、静物は動物となり、動物はまた要するに、何が何やらわからないという、はなはだ技術的に飛躍した天稟《てんぴん》[#ルビの「てんぴん」は底本では「てんびん」]天才を持ち、そのほか、百貨店《マガザン》の美しい売子の前で、しばしば故意にコン吉に恥辱を与えるとか、日常の買物は、人参《にんじん》の果てから下着の附け紐《ひも》に到るまで、男子としてはなはだ不本懐な労役にコン吉を従事せしめるとか、――コン吉にとってはとかく腹の立つことばかり。
 想えば、快活な避暑地や、華々《はなばな》しい遊覧地も数多くあるものを、何を選《よ》り好んで、辺鄙《へんぴ》閑
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