ら、さぞ寝覚めのお悪い事であろうと思って、ご注意までに申しあげること。海の方へ向いたこの窓はよく閉《し》まらないが、決して無理に閉めようとしてはならないこと。実は、これを余り手荒く扱うと、窓枠全体がそのままどなたかの頭の上に落ちて来る危険があるのであって、現に昨年の夏も、下宿の独逸《ドイツ》人がこの窓枠の下敷きになって、一夏中、片足を使えないほどの手ひどい目にあったこと……
折柄《おりから》、窓のそとは満潮《グラン・マレ》で、あぶくを載せた上潮の※[#「虫+廷」、第4水準2−87−52]《うねり》が、くどくどと押し返し、巻きかえし、いつ果てるとも見えない有様であった。
二、朝日が昇れば川柳は緑に染まる。タヌの水浴着《マイヨオ》を持たされたコン吉が、漠然たる眼《まなこ》をしばたたきながら、入江伝いに来て見れば、鰯の腸《はらわた》の匂いを含んだ、やや栄養の良すぎる朝風が糸杉の枝を鳴らし、蕭条《しょうじょう》たる漁村に相応《ふさわ》しからぬ優雅な音をたてているのだが、コン吉はそれほどまでに深く自然の美観を鑑賞する教養がないためか、いたずらに、臭い、臭いといって顰蹙《ひんしゅく》し、この島
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