夫は、大祖父によく似ていると皆《みんな》が評判すること。お二人がお寝みになるこの寝台では、お祖父《じい》さんもお祖母《ばあ》さんも、みな安らかに最後の息を引き取ったこと。もし牛乳がお入用ならば、毎朝|一立《アン・リットル》ずつ扉のそとへ置いとくつもりであること。これはぜひ一度ご試飲を願って、そのあとで、お断わりになるなり、お用いになるなりなさるのが至当であって、何故ならば、この島の牛どもが喰べる苜蓿《うまごやし》は塩気を含んでいるため、勢い牛乳も多少の塩味があるというので評判であること。乾物のお買物は、広場の角の家が一番安く、パン屋はその向いの青ペンキ塗の家、酒屋はその向いの「蟹の夢」屋という家に限ること。なぜなれば、この三軒は一|法《フラン》の買物ごとに福引券を一枚ずつくれるからで、福引券が貯りましたらば、ご出立の際、わたくしにいただかしてもらいたいこと。もし、この炉《ろ》で煮焚きをなさるならば、火をお焚きになる前に、この火掻きで、煙突を二三度ひっぱたいていただきたい、と申すわけは、一昨年からこの煙突の中に雀が二家族巣を作っているからであって、もしかして、雀に火傷《やけど》でもさせた
前へ 次へ
全29ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング