模様を描くにとどまったような次第。
コン吉がこの朝暁《あさあけ》に、風邪をひいた縞馬《しまうま》のように、しきりに嚔《くさめ》をしながら、気の早い海水浴を決死の覚悟で企てようとするゆえんは、この島の鳥貝なるものは、一町ほど離れた沖合の小島にのみ群生しているからであって、されば、朝ごと、朝ごと、コン吉は干潮の時間を見計らい、身を切るような冷たい海を泳ぎ渡り、それを採取に出かけるのであった。
一方タヌはといえば、これまた擂菜《ピュウレ》にするため谷を二つ越え、断崖の危ない桟橋《さんばし》を渡って、はるかなる島蔭の灯台の廻りに生えている車前草《おんばこ》を採集に出掛けるのであった。
二人は、海へ行く道と山へ行く道の分岐点《ビフュウル》になる乾物屋の横丁《よこちょう》で、涙ぐましき握手をかわし、一人は海へ、一人は山へ、別れ別れにつらい課役に従うため、そこで訣別するのであった。思いようによれば、これはさながら、千寿姫と安寿丸の悲しい物語にも似ているようで、さすがに猛きコン吉も、その心底、いささか愁然たるものあり。
さて、この悲しい朝夕が、いつまで続くことやら、床屋の香水棚へカアテンを張
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