体が大時化に遭った船のようにガクン、ガクンと左右に揺れる。後ろから眺めると、ちょうどポルカでも踊っているように見えるのである。
屠殺場へゆくほか、この世で役に立てようもないようなひどいぼろ馬だったが、手入れだけは、おどろくほどよくゆきとどいている。ちびた鬣《たてがみ》は丁寧に梳かれ、身体はさっぱりと爬《か》かれて、垢《あか》ひとつついていなかった。
老人は、いつも古手拭いの頬冠りなのに、馬は、耳のところに二つ穴をあけた黒いソフトをかぶっている。雨の日は、老人のほうは、南京米の袋を肩に掛けているだけだが、馬のほうは、古いながら護謨引《ごむび》きのピカピカ光る雨外套を着ている。並んで立っていると、馬のほうが老人よりも、たしかに二倍ぐらい立派に見えるのだった。
老人は、公園の入口のそばへ馬をつなぐと、馬車から飼料槽《かいばおけ》をとりおろし、秣《まぐさ》のなかへひとつかみほどの糠《ぬか》を投げいれて、
「ほら、もう、すぐぞ」
と、いいながら、両手でせっせとかきまぜる。
馬は、待ちきれないように長い首をのばし、老人の手をおしわけて、飼料槽の中に鼻先を突っこもうとする。すると、老人は片
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