中になってあれこれとかんがえはじめる。
ともかく、老人は、すこしばかりいいすぎたようだ。今となっては、どうしたってこの長人参を受けとるわけにはゆくまい。
(長人参などときたら、くわえても見ようとしないのでござります)
そのひとことが、たいへんな重石《おもし》になってしまった。老人は、自分の夢を語るのに一生懸命で、キャラコさんの腰骨《こしぼね》のあたりからソッとのぞきだしている、目のつんだきれいな人参の葉っぱに気がつかなかった。それにさえ気がついていたら、こうまでひどく人参を軽蔑するようなことはしなかったであろう。
ああ、じっさい! キャラコさんのほうにしたってそうだ。こういう経過のあとで、この人参を受けとらせようとするのは、なかなかなまやさしいことではないのである。
水気の多い、見るさえ美味《うま》そうな、このひと束の人参!
歯のあいだで噛みしめたら、口のなかが清々しい匂いでいっぱいになってしまうにちがいない。シャリシャリいう、なんともいえない歯あたりと、どこか、すこしばかりピリッとした甘い漿液《しる》!
四半桶の秣《まぐさ》と、ひと握りの糠《ぬか》しか食べていない、この餓
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