あなたは、この馬に、すこしばかりの乾草と、ひと握りの糠しか食べさせていないじゃないか)
 と、いったら、この老人は、絶望のあまり泣きだしてしまうにちがいない。
 キャラコさんは、どうしていいかわからなくなってしまった。喉の奥のところに、固いものが突っかけてきて、すんでのことに、涙を見せるとこだった。
 老人は、酔ったようになって、いかにも誇らしそうに両手を擦《こす》り合わせながら、
「……いま申しましたように、たとえようのない我ままなやつではありまするが、そうならばそうで、いっそうに愛らしく、はや、どうにもならぬ始末なのでござります。……まったく、こんなしあわせなやつは、この世にまたとあろうとも思われませぬ。……あの顔をば見てやってくださりませ。……なんという小癪《こしゃく》らしい、可愛げな顔ばしているのでありましょう」
 たしかに、こういう見方もあるのに相違ない。
 頭の禿げた、悲しげな顔をした馬は、いかにもひだるそうに、力なく横腹に波うたせながら、首を垂れ、うっそりと眼をとじている。しかし、仮に、老人の意見を認めるとすれば、飽食《ほうしょく》の、満ち足りた幸福の絶頂で、うつらうつら
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