すやら、蕪《かぶ》大根《だいこん》を噛んで吐き出すやら、なかんずく、人参と来ましたら、一倍と好みがやかましく、ありふれた長人参では啣えてみようともいたしませぬ。ベルギーという白っこい温室できのやつでなければ、お気に召さんのでありまする。……華族さまのお馬といえども、こんな贅沢はいたしますまい。どうにもはや、手のかかるやつなのでござりまする」
 そういって、うれしさのあまり、感きわまったように身ぶるいをした。
 ああ、この老人は嘘をいっている!
 ようやく飼料桶《かいばおけ》の底が隠れるくらいの乾草に、ひと握りのほどの糠《ぬか》をまぜ、最後のひとつまみまでを指で集めて喰べさせているのを、キャラコさんは、これでもう、十日もまいにち見ているのだ。情けなそうに首をふりながら、この苗木が売れたら、人参を三銭も買ってやるから、ひもじくとももうしばらく我慢をしろ、と判でおしたように同じ言葉でなぐさめることも!
 しかし、これを嘘といってはいけないのであろう。老人は夢を語っているのだ。貧窮のなかで、この夢想だけが老人の慰めなのであった。
 もし、誰れかが、
(おじいさん、あなたは、たいへんな嘘つきだ。
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