《あとじさ》りをすると、公園に散歩にでも来たお嬢さんのような、なにげないようすで老人のほうへ歩み寄りながら、こんなふうに声をかける。
「おじいさん、こんにちは。……あたし、公園へ散歩に来ましたのよ」
 老人は、秣をかきまぜる手をやすめて、ゆっくりとキャラコさんのほうへふりかえると、片手で頬かぶりをしていた手拭いをとって、
「やあはれ、それはお元気なこって……。いやはや、こんなところへ馬車をばつなぎまして、お邪魔なこってござります」
 キャラコさんは、へどもどして、
「いいえ、そんなことはありませんわ。いつまででもつないでおいてちょうだい」
 老人は、それこそ、橋がかりへ出て来た高砂の尉《じょう》のようなおっとりしたしかたで小腰をかがめて、
「そんならば、ちょっとの間《ま》、ここへ置かせていただきますでござります」
 と、いって、またゆっくりと秣槽を取りおろしにかかる。つぎ穂がなくなりそうなので、キャラコさんは、あわててでまかせなお愛想をいう。
「おじいさん、ずいぶん立派な馬ですね。……それに、利口そうな顔をしてますわ」
 老人は、皺だらけの顔を笑みくずして腰をのばすと、可愛くてたまらな
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