参《ながにんじん》をうしろに隠して、公園の入口で待ち伏せしていた。キャラコさんのつもりでは、この人参で、老人にちかづきになるキッカケをつくろうという肚黒《はらぐろ》い計画なのである。
 いつもの時間になると、すこし坂になった土手沿いの道のむこうに、おじいさんの馬車が見えだしてきた。
 キャラコさんのほうは、馬と老人を策略にかけてちかづきになろうという下心があるので、なんとなく平気になれない。
「こんなふうにしていると、まるで、不良少女のようだわ」
 不良少女はともかくとして、自分に関係のない他人の生活に興味をもって、ひと束の人参を手土産にして、うやむやにささり込んで行こうなどというのは、たしかに、あまり趣味のいいことではない。
 キャラコさんが、まとまりのつかない顔をして立っているうちに、馬車はいつものところでとまり、老人は馬車のほうへのびあがって秣槽《まぐさおけ》をおろしはじめた。
 キャラコさんは、それをぼんやりと眺めながら、足踏みでもするような曖昧な身振りをする。そのはずみに、うしろに隠していた人参が、ごつんとふくら脛《はぎ》にぶっつかる。
(ああ、そうだっけ!)
 三四歩|後退
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