「お静かでお羨《うらや》ましいわ。……いつだって雁来紅《はげいとう》は真っ紅だし、陽が照っているし、日暦《カレンダー》は、いつも、九日の日曜日だし……。うちあけたところ、あたしも、こんなふうに、ひっそりと暮らすのが理想なのよ。ほんとうに、なんていいんでしょう」
奇妙なことには、キャラコさんが話しかけるのは、長椅子の後ろに立っている青年のほうにかぎるのである。
おっとりと坐っている妹らしいひとには、まだ一度も言葉をかけたことがない。なんだか気ぶっせいで、嫌《いや》なのである。なるたけ、そのほうを見ないようにしている。
家へ帰ってからも、この絵のことが心について離れない。あまり寝苦しいなどと思ったことのないキャラコさんなのだが、このごろはなんとなく寝つきがわるい。頭の下で、いくども熱い枕を廻す。ときどき、そっと溜息をついている自分に気がついてびっくりする。
「おやおや、なんだか、困ったことになったわ」
三晩ほどそんなことをくりかえしたすえ、とうとうもて余して、イヴォンヌさんにそれをうちあけた。
イヴォンヌさんは、栗鼠《りす》のような大きな眼をクルクルさせながら、
「それは、たい
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