たいなにから来る感じなのであろう。どういう不思議な遠近法によるのか、その気になれば、わけもなくスラスラと、その中へはいってゆけそうな気だった。
キャラコさんは、魅《まど》わされたようになって、茫然とその絵を眺めていた。
二
この絵のおかげで、ドイツ語の先生のところへ行く往復《ゆきかえり》が、一層楽しいものになった。
その絵の前に立つと、魔法の世界でも眺めているような、なんともいえぬ奇妙な感じがひき起こされ、催眠術にでもかけられたように、ぼんやりした眠気《ねむけ》に襲われる。
それにしても、少女の横顔をながめている青年の眼差しの、なんと深いこと。春の海のようにゆったりとしていて、優しさと単純さに満ちている。二人の面《おも》ざしがよく似通っているから、たぶん、これは兄妹なのだろう。
長椅子のうしろに立っている青年は、この絵をかいた画家の自画像なのに違いない。しっとりとしたこの部屋のなかで繰り返される兄と妹のやさしげな日常が、香気《こうき》のように画面のなかに漂っているのである。
この画面にあらわれているのは、二人の生活のほんの一部分でしかないが、ただこれだけで、この
前へ
次へ
全22ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング