さんは、飾窓に鼻をおっつけながら、ゆっくりとその絵を鑑賞する。
芸術的な価値はともかく、なにしろ、そんなふうに手のこんだ絵なので、飾り皿の微小画《ミニアチュール》を眺めるほどの面白さはたしかにある。それらと同じように、この絵のなかにも、たぶんいろいろなものが隠れているのに違いない。帰りに、またここへ寄って、ゆっくり探し出してやろうと思いながら飾窓《ショウ・ウインドウ》から離れて二三歩歩きだした。なにげなくそこで立ちどまって、もう一度、そのほうへ振りかえって、おもわず、
「おや!」
と、眼を見はった。
まったく、ふしぎなほどだった。ここから見ると、あの雑然とした絵が、とつぜん、生々《いきいき》とした実感をもちはじめた。人も、花も、丸い丘も、黄色い陽ざしも、みな、たとえようもないような完全な調和をたもちながら、しっとりとした深い奥ゆきの中で落ち着いている。額椽《がくぶち》の向うと、琥珀色の陽がさしている、もうひとつの別な世界があって、そこで、現実の生活とは関係のない、季節と日常がくりかえされているのではないかというような気がする。
そればかりではない。この奇妙な、深い奥行きは、いっ
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