週間ほど見なかったうちに、窓の中のようすがすこしばかり変わっているのに気がついた。
 写字机《ビュウロオ》と置《おき》戸棚の間にあった三稜剣《エペ》が壁の隅のほうへ寄り、前列にならんでいたジャヴァの土壺《つちつぼ》がすこしばかりうしろへひきさげられ、そのかわり、今までは横側しか見えなかった油絵が、正面に向きかえられている。
 それは、二十五号ほどの、一見、平凡な絵だった。
 うす暗い部屋の隅の、朽葉《くちは》色の長椅子に、白い薄紗《ダンテール》の服に朱鷺《とき》色のリボンの帯をしめた十七、八の少女が、靴の爪さきをそろえて、たいへん典雅なようすで掛けている。
 憂鬱《メランコリック》な、利口そうな顔だちで、左手を長椅子の肘に掛け、右手は、泡《あわ》のように盛りあがった広い裳裾《もすそ》のほうへすんなりと垂らしている。
 長椅子の向う側に、紫の天鵞絨《びろうど》の上衣に、濃い黄土色のズボンをはいた二十五、六の青年が、背もたせのうえに両膝をつき、おだやかな眼差しで少女の横顔を眺めている。
 長椅子の横に、粗石《あらいし》を積み上げた大きな壁煖炉《シュミネ》があり、飾棚《マントルピース》の上に
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