めていると、時の歩みをしずかにふりかえっているようで、なんともいえないほのかな気持になる。
 そればかりではない。セエブル焼きの置時計の細かい唐草模様のなかに隠されている貴婦人や農夫や、フランダースの飾り皿の和蘭《オランダ》の風景や、鯨に銛《もり》をうっている諾威《ノルウェー》の捕鯨船の図などに眼をよせて眺めると、今まで見落としていた小さな花々や、浮雲や、遠い風車や、波の間で泳いでいる魚などを、見るたびに、その中で、新しく発見する。
 キャラコさんは、夢中になって、つい、こんなふうに叫んでしまう。
「あら、あそこに、あんな花が隠れていたわ。……まあ、なんてかあいらしいこと!」
 キャラコさんは、この楽しみを自分ひとりだけのものにして、そっとしまっておいた。独逸語の先生のところへの往復《ゆきかえり》、この飾窓の前に立つ十五分ぐらいの時間が、長い間、キャラコさんのひそかな楽しみになっていた。
 ちょうど、ボクさんの両親の和解が成り立ってから十日ほど経った朝、学生鞄《ブーフザック》をブラブラさせながら、いつものように飾窓《ショウ・ウインドウ》のガラスに額をおっつけて中をのぞいてみると、この二
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