の青年だった!
絵のなかの顔とすこしも違っていない。落ち着いた深いまなざしも、きっぱりとした顎の線も、翳《かげ》のない広い額も、なにもかもそのままで、誇張していうなら、絵の中の青年が、容積《ディマンシオン》を変えてここへ出て来たかと思われたほどだった。ただ違うところは、顎に青髭《あおひげ》があることと、天鵞絨《びろうど》の黒い上衣のかわりに、絵具だらけの麻《あさ》の仕事着《ブルーズ》を着ているところだけだった。
そのひとは、ほのかに眼もとを微笑《ほほえ》ませて、キャラコさんの顔を見かえしている。
キャラコさんは、さっきからぼんやりとそのひとの顔を見上げていたのだった。ハッと気がついて、思わず真っ赤になってしまった。
そのひとは、格別不思議そうな顔もしないで、扉口に立ったままになっている。
キャラコさんは、へどもどしながらお辞儀をすると、死んだ気になって、切り出した。
「……突然ですが、すこし、お尋《たず》ねしたいことがあって、それでおうかがいしたのですけど……」
そのひとは、ああ、と、鷹揚《おうよう》な返事をしただけで、のどかに笑っている。
どんな冷たい心でも溶かしてしま
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