しにのんびりと歩きつづけていた。
 はっきりとはわからないが、心をひそませてじっくりと記憶をたどると、雁来紅《はげいとう》の家へ行く道筋が、おぼろげに心に浮んでくる。
 赤土の崖道をしばらく歩いて行くと、そのうちに、小さな流れに行きあたる。……その土橋をわたると、枳殻《からたち》の長い垣根が始まって、道がすこし登りになりながら、雑木林の中へ入り込んで行く。……雑木林を出ると、急に眼の前がひらけ、ゆるい丘の中腹ほどのところにその家がある……。

 キャラコさんは、切通しの途中に立ちどまって、右左を見廻す。……どうも、この道もいちど通ったことがあるような気がする。雑木林のようすも、赤土の崖のいろも、ぼんやりと心の網膜にしみついている。
「……もしか、この道だとすると、ここを降り切ると、小川の小さな土橋のそばへ出るはずなんだけど……」
 十分ほど歩くと、道が大きくカーヴして、とつぜん、向うに小川が見え出した。
「川がある!」
 なぜか、不思議な気持も、恐ろしい感じも起きない。
 キャラコさんは、頓着しないでズンズン歩いて行った。この道にさえついて行けば、間もなく油絵の中の家に着くはずだった。
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