しながら、長い間なにか考えていた。そのうちに、決心がついたように威勢よく寝台から飛び降りると、卓上電灯《スタンド》をつけて手紙を書きだした。
イヴォンヌさん。あたしは、たしかに、あの油絵の青年に心をひかれています。
あたしがこんな感情をもった以上、放って置くわけにはゆきませんから、あすの朝、あのひとのところへ行って、きっぱりとカタをつけて来るつもりなの。どうぞ、賛成して、ちょうだい。あのひとが、あたしを嫌いだったらしようがないけど、もし、好いてくれたら万歳ね!
この結果は、あすの晩、電話でお知らせしますわ。
三
次の日の正午《ひる》ごろ、キャラコさんは、雪ヶ谷から石川台へ抜ける切通しを歩いていた。
両側は雑木林をのせた低い岡で、そこで漆《うるし》の葉が薄紅く染っていた。
気が向くと、底の平ったい靴をはいて、ひとりで気ままにあちらこちらとあるきまわるので、キャラコさんは武蔵野の岡や小径をよく知っている。
油絵の遠景のような丸味のある台地は、武蔵野の西南のほうに多いのだから、根気よくこの辺を歩き廻っているうちに、それらしいのに行き当るだろうとかんがえて、あてもな
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