よく似ている。夢だったのか、事実だったのか、その辺のところが、どうも、はっきりしない。
また、それが事実だったとしても、そこで、どんなことが起きたのか、この青年をどんなふうに好きだったのか、まるっきり記憶に残っていないのである。
それにしても、イヴォンヌさんは、確かにいい当てた。
どうかすると、どうしても飾窓の前から離れられないような気がすることがある。左内坂の近くへくると、ひどく胸が躍《おど》って、思うように歩かれない。心では、飛んで行きたいほどに思うのだが、足のほうがいうことをきかない。
「おやおや、たいへんだ」
なんとかして笑ってみようとする。ところが、思うように、うまく笑えないのである。
じっさい、こんな感情に襲われたのは、生まれてから、これが最初の経験だった。
キャラコさんは、寝台のうえにそっと身体を起こす。窓に月の光が射し、白膠木《ぬるで》の梢《こずえ》が墨絵のように揺《ゆ》れている。
キャラコさんは、溜息をつく。
「これはたしかに厄介な感情ね。こんなものがあたしのところまで押し寄せて来ようとは思わなかったわ」
閉口して、両手でゴシャゴシャと髪を掻《か》き廻
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