てみると、かくべつ、不思議だというようなことでもない。じぶんは、この青年に、いつかいちど逢ったことがあって、その時、強い印象を受けたまま忘れていたが、偶然、飾窓の絵の中でその青年に再会して、古い記憶が急に甦《よみがえ》ったのだと考えられないこともない。
そういえば、これとよく似た配景を、いつか一度見たような記憶がある。雁来紅《はげいとう》の紅さも、夕陽の色も、おどんだような部屋の暗さも、このままのようすで、心のどこかに残っている。また飾棚《マントル・ピース》の上の琥珀貝の帆前船にも、確かに触《ふ》れた覚えがある。薄い、冷《ひや》りとして貝細工の感触が今でも指先にあるような気がする。
最初、あの絵を見たとき、その中へスルスルと入ってゆけそうに思ったのは、絵の表現によることではなくて、それが、むかし、非常に親しかった風景だったからかも知れない。
しかし、ひょっとすると、それは、夢のなかで見た景色だったようにも思われる。
遠い丘の上で、夕陽を浴びて立っている城のような白い建物や、陰影もなく、碧一色《あおひといろ》に塗りつぶされた空のようすなどは、なにか、とりとめなくて、夢の中の景色に
前へ
次へ
全22ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング