いつまでも泣きつづけているのでした。

 お兄さま。
 久世氏は危ないところで間に合ったのですよ。あのまま役にも立たない意地っ張りをしていたら、それこそ、ボクさんは今ごろだいすきな星の世界へ行って、ひとりで遊んでいるようなことになっていたでしょう。考えただけでも、身体がちぢむような気がします。
 あたしが、星の世界の話をしたときの久世氏の顔といったらありませんでした。赤くなったり蒼くなったり、まるで瘧《おこり》にでもかかったようにブルブル震えていました。
 ボクさんが何を考えているか、久世氏も、すぐ察してしまったのです。
 久世氏があたしを引っ立てるようにして、お隣りへついたときは、もう夕方で、門がしまっていて、いくど呼鈴《よびりん》を押しても返事がありません。
 久世氏は顔色を変えて、門を乗り越えかねないような劇《はげ》しいようすをなさいます。引きとめるのに、どんなに骨を折ったか知れませんでしたわ。
 ようやくのことでなだめて、二人で土塀の穴のそばに坐って根気よく待っていました。
 ほんとうのことをいいますと、ボクさんと約束などはしなかったのですから、今晩もまたやってくるかどうか、まるっきり自信がありませんでしたの。でも、あたしは、今晩もたしかに来るはずだと、きっぱりといいきりました。そうでもいわなければ、どんなことをやりだすかわからないようすでしたから。
 月が出るころになって、ほんとうに奇蹟のように、ボクさんがピョンと穴からはね出してきました。
 久世氏は、どんな身軽な猟師だって、こうまでうまくはやれまいと思われるほど、す早くボクさんをつかまえて腕の中へ抱きしめてしまいました。
 どちらも何もいうことは要らなかったのです。ボクさんは泣きましたが、久世氏は、とうとう我慢し通したようです。二人の上に月の光がさしかけて、まるで、ジェンナの親子の、あの有名な塑像《そぞう》のように見えましたよ。
 久世氏は、最初は、このままだまってボクさんを連れてゆくつもりだったらしいのですけれど、落ちつくにつれて、それは、あまりほめた仕方でないと思ったのでしょう。ボクさんに、明日《あした》の朝、かならず、ママと仲なおりをしにゆくと、いくどもいいきかせておりました。
 そのうちに、利江子夫人が帰る時刻になりました。あたしは、気が気ではありませんでしたの。こんなところを見られたら、夫人が
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