っしゃるわね」
 イヴォンヌさんと山田氏の紹介で、帝国ホテルで、はじめキャラコさんに逢った時から、アマンドさんは、はればれとした、愛想のいい、しっかりしたこのお嬢さんがすっかり好きになってしまった。
 ふしぎなことには、顔だちばかりか、まっすぐに相手の顔を見てものをいうところ、なんともいえないほど愛らしい笑い方をするところ、わざとらしくないひかえ目なところなど、死んだ夫人《おく》さんの若いときにあまりによく似ている。アマンドさんはどうしていいかわからなくなって、ハンカチでむやみに鼻ばかりかんでいた。
 アマンドさんは、キャラコさんが、すぐ自分の近くにいると思うだけでなんともいえぬよろこびを感じる。しかし、気丈《きじょう》なお老人《としより》だから、夢中になっているようなようすは見せない。キャラコさんのほうも、ことさららしく話しかけたりするようなことはしない。ふいに甲板でであって、微笑し合っただけで行きちがうようなこともある。
 横浜を出帆《しゅっぱん》すると、浅虫《あさむし》の海洋研究所を見るために青森まで行き、それからまたゆっくりと南へくだって来た。
 アマンドさんは、キャラコさんと一緒にいられる日を、一日でも多くしようとたくらんでいるようにも見えるのである。

     三
 イヴォンヌさんが、白いウールのスーツを着て、うさぎのように飛び込んできた。
 息をきらせながら、大きな声で、
「キャラコさん、きょう射撃会《ショッチング》があるのよ。あなた、おやりになるわね」
「重大な相談って、そんなことでしたの」
「ええ、そうよ。日本の女性全体の名誉にかかわることですもの。こんな重大なことってそうざらにないわ」
「あたしも、出なくてはいけませんの?」
「でも、ことわる理由はないでしょう。……いやねえ、あなたみたいでもありませんわ、キャラコさん。……もっと、しっかりして、ちょうだい」
「困ったわね」
 キャラコさんは、しばらく考えてからあいまいな返事をする。
「あたし、うまくやれるかしら。……見ているほうがいいようだわ」
 キャラコさんが、にえ切らないので、イヴォンヌさんが、かんしゃくを起こす。
「そんな元気のないことではだめ。……お願いだから、やってちょうだいね」
 キャラコさんは、日曜ごとに長六閣下と戸山《とやま》ヶ原の射場へ出かけて行って、射※[#「土へん+朶」、第
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