轤オをしているのかも知れない。
 キャラコさんは、おだやかな笑いをうかべながら、いった。
「……あなたが、自殺しそこなう。その手紙を見て、驚いて、むかしの友達が駈けつけてくる。……二人が手をにぎる。……それから、どうなるの、レエヌさん……」
 レエヌは、焦《いら》だって、敷布《シーツ》の端をもみくしゃにしながら、
「なんて奴だ。まだ嘘だと思っていやがる。……うしろを見てごらんなさい。あたしたちは、冗談をしてるわけじゃないのよ」

     八
 キャラコさんが、うしろを振りかえって見ると、いつの間にはいってきたのか、保羅が、濡れた髪をべったりと額にはりつけ、曖昧な薄笑いをしながら、大きな斧を持って扉《ドア》のところに突っ立っていた。酒気で真っ赤に熟した頬から、ポタポタと雫《しずく》をたらしている。
(どうするつもりだろう)
 なぜか、すこしも危険は感じなかった。
「保羅さん、いまいろいろ、うかがっていたところよ。あたしを欺《だま》してこんなところへ連れて来て、いったい、どうなさるおつもり?」
 保羅は、壁の凹みに斧を立てかけると、ジットリと濡れた外套の裾をまくりあげ、キャラコさんと向い合って椅子にかけながら、
「もう、たいてい察しそうなものじゃありませんか。……要するに、僕と結婚さえしてくれれば、それでいいんですよ」
 事務の話でもするような、こだわりのない口調で、
「廻りッくどいことをいうのはよして、単刀直入にいいますが、もちろん、形式だけのことでいいのです。結婚式をあげて、入籍の手続きをすましたら、すぐ離婚してくだすって差し支えないんです。離婚の条件として、僕に十万円だけください。それだけのことです。たいして、むずかしいことじゃないでしょう」
 レエヌが、鋭い声で叫んだ。
「どう、やっとおわかりになった? あなたが余計なところへでしゃばってきて、アマンドのほうをめ茶め茶にしてしまったんだから、それくらいの償いをしてくださるのはあたりまえよ」
 キャラコさんは、たじろがない眼で相手の顔をながめながら、感情の翳《かげ》のささぬ、落ち着いた口調でいった。
「お話はよくわかりましたが、あなた方がかんがえていらっしゃるように、そんなに簡単にゆくかしら……」
 保羅は、ピクッと神経的に眉を動かして、
「こんなところに、三日も四日も僕と一緒に暮らしていたということが評判になっ
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