《ダンテエル》の窓掛けの模様に見とれたり、熱心に小箪笥《コンモード》の彫刻をながめたりする。なんとなくいい気持で、うっとりとなる。
「このくらい趣味がいいと、ぜいたくだってそうすてたもんじゃないわね、結構だわ」
 退役陸軍少将石井長六閣下のみごとな調教《トレエニング》のおかげで、質素の趣味をたれよりも愛しているくせに、こんなぜいたくな部屋に寝ころんでいても、ちっとも不自然な感じがしない。自分がこの部屋にしっくり調和しているような気がする。それが、ふしぎだ。
(あたしの適応性は、すこし、妙ね)
 毛布を鼻のところまでひきあげて、のびのびと長くなる。またうつらうつらとなる。寝ぼけ声で、こんなふうに、つぶやく。
「骨やすめ、って、英語でなんというのかしら。……ボーン・セッティングは、骨つぎか。……骨療法《オステオパシイ》……まさか……」
 おかしくなって、ひとりでクスクス笑いだす。
 仏蘭西《フランス》系のカナダ人のなかで第一のお金持ち、ジャン・アマンドさんのごうしゃな快遊船《ヨット》である。鋼鉄製で、駆逐艦のような恰好をしている。
 扉《ドア》をノックして英吉利《イギリス》人の室僕《バトラア》が二人、胸をそらしてはいってくる。
 ひとりは、寝室用の細長い朝食|膳《ぜん》をもち、ひとりは、大きな銀のお盆にさまざまなたべものをのせている。
 さきに入ってきたほうが朝食膳の脚《あし》を起こしてそれをキャラコさんの膝《ひざ》の上にまたがせると、もうひとりは、銀盆をそのうえにのせ、スマートな手つきでちょっと食器の位置をあんばいし、キャラコさんの胸のへんにナプキンをひろげて出てゆく。
 いろいろなものがのっている。
 夏蜜柑《なつみかん》の冷やしたのが、丸い金色の切り口を上へ向けて、切子硝子《きりこガラス》の果物盃《カップ》の中にうずまっている。一|匙《さじ》ほどの※[#「くさかんむり/協のつくり」、第4水準2−86−11]枝《れいし》のジャム。チューブからしぼりだした白い油絵具のような、もったりとした生牛脂《クレエムフレェシュ》。蜜柑の花を浮かせた氷水《アイスウォタア》。人差し指ほどの焼き麺麭《パン》。熱いアップル・パイの上に[#「上に」は底本では「に上」]ヴァニラ・アイスクリームをのせた、れいのアイスクリーム・ア・ラ・モードというやつ。それから小さな湯わかし。その下でアルコール
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